思いたったきっかけ

まずは、開業に踏み切るまでのきっかけについてお話しておきたいと思います

少しでも私という人間を知っていただくために…

大学での私の役割は患者さんを診る医師であり、学生を教える教師であり、主任医長(一般的に言われる医局長というやつです)という、医局のお母さんもしくは妻的な立場で6年間活動してきました。

元々、医師になるきっかけはブラスバンドに熱中していた中学少年が、熱い教師に憧れて教師になりたいと、叔父に相談したことでした。

先生と呼ばれる職業に就きたいなら、医師になったらどうか、と。大学で働けば学生を教えることも出来るから教師にもなることができるぞ、と。小学生の頃、病弱で何度も入退院を繰り返していた少年には自分が逆の立場で人を診るなど、思いも付かないことでした。

その頃、音楽一筋だった少年は偏差値40代の医学部受験からはほど遠い状況。父に相談しても、やりたければやってもいいが、本当にやれるか、と。お前の根性じゃとても無理だと思う、とも言われ、父に対する反骨精神もあり、好きだったブラスバンドもすっぱりと辞め、勉強一筋に。今思えば、自営業だった父が、後継者である私を医師にさせると決断したことは容易なことではなかったと思います…

他人より時間はかかりましたが28の齢で医師となり、血液内科の医師として、総合内科医としてそこから研鑽を積んできました。結局、中学少年の頃の夢、講師として教壇に立つ夢は叶いませんでしたが、たくさんの人々との出会い、別れがあり、臨床医として患者さんの傍らに居て、患者さん本人の病気だけでなく、精神的な部分や、社会状況、そして家族に対しても同様に関わることの大切さ、そして素晴らしさを知ったことが最大の財産となりました。勿論、経験や知識はその間にたくさんのことを学びましたが、人との関係性は他には換えようのないものです。

大学病院での診療は限られた範囲の中で役割を全うするという部分が大きく、やれることも多いですし、大きいのですが、逆にやれないことも実は多いのです。そして、その《やれないこと》が実は最も大きいことであるとも感じていました。数年前から、自分のクリニックを開院して自分の理想の診療をしたい、それが患者さんたちのためにもなるはずだ、と考え、模索していました。

今回、ご縁があり、西調布の駅前を拠点とした診療をスタートするに当たり、自分が理想とする患者さんの病気だけでなくカラダ全体とココロも診る、という信念を込めて

カラダとココロのクリニック(仮)

として、このページを立ち上げました

何卒末永くお付き合いいただければと思います

次回は、思いたった時期と、そこから場所を決めるにあたり、その間に何をしていたかについて書きたいと思います。

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